

センター入試の反対の大学受験は、最近早大でも実施しているAO(自主推薦)入試です。最近早大理工学部の大学院が東大工学部の大学院より人材レベルが上がり、東大の方が滑り止めになるという逆転現象が起きています。早大理工学部のAOで求められるのは、専門分野に関する自発的な知識と、実験をする能力です。とくに重視されるのが、ある実験をする際にそれが速やかに可能になるための工夫やアイディアを持っているかどうかなのだとか。つまり、センター入試をくぐり抜けるために知識偏重の勉強のみに邁進した学生は、大学院が求めている、好奇心に基づく深い知識やアイディアに乏しいという、研究者として致命的な欠陥を抱えてしまうということ。
集団塾にも通っている場合は別です。長いこと個別指導でばかり勉強してきた子には次のようなマイナス面があると、私立中学の先生は指摘しています。「・友だちの解き方、質問にあまり関心を払わない・グループ学習が苦手・授業を聞いて、ポイントをノートに取るのが苦手」学ぶという行為には、人のいい点を参考にする、人のマネをする、人の悪いところに気付く…という「人から学ぶ」という側面がかなり大きな比重を占めています。個別指導の場合は、2人くらいの人数で別々なテキストを勉強して、傍らにいる講師から指導を受けるというパターンが多いので、「友だちから学ぶ」ということがおろそかになります。また、中学入学を控えたお母さんから相談を受けたのです。それはこんな内容でした。「うちの子はすごく難しい問題を解けるくせに、授業を聞いて先生の説明されたポイントをノートに取るのがヘタなんです。入学までに何をやったらいいでしょうか?」これなどは、長いこと個別指導でやり続けた典型的なケースと言えるでしょう。
公教育では一所懸命やろうがやるまいが、給料はほとんど変わらないし、余程のことがない限り首にはならない。一方、塾・予備校では評価の結果で仕事量、報酬に大きな差がつくし、悪くすると仕事を変えねばならない破目になる。公教育の先生は生徒募集にさして煩わされることはないが、塾・予備校の講師たちは生徒募集の結果が、自分たちの生活に密着していることを肌で感じている。中には生徒募集期に「俺に模擬授業をやらせろ」などと率先して名乗り出る講師もいるくらいだ。こうして列挙していくと、まるで社会主義と資本主義の違いをみるようである。とはいえ、根本的なシステムの違いがあるのだから、公教育は授業において塾・予備校に勝てるはずがない、と割り切ってもらっては困る。なにしろ日本の教育の量的な根幹は公教育にあるのだから、公教育がしっかりしてくれないと、そのとばっちりは塾・予備校にくるのである。